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Individual accountability
私はブログでよく、
  断薬は自己責任だから、強い気持ちを持って
とか
  他のクスリや他の医者といったものに頼ることは、ベンゾジアゼピンの依存が置き換わるだけだ
なんて厳しいことを書いています。

厳しいというよりも、辛い思いをしている方に冷たいかもしれませんね。
でも、ベンゾジアゼピンを断薬することは本当に辛い、
そして、他人や他の物質に泣きついても決して助けてくれるなんてことはない。
一人で闘う覚悟を決めなければ、前に進めないと思うから、こういうことを書きます。

私は覚悟をしたから断薬できたと信じていますが、こういった考え方は私の根本的な性格からきているかもしれません。

日常生活や仕事で、困ったことがあってもあまり他人に泣きついたり、弱音を吐いたりすることが嫌いなようです。
個人主義で、他人と助け合って行動しないというわけではないのです。
もちろん、適切な誰かに頼むことで、成果が見込まれるときは頭を下げてお願いしますし、助けてくれそうであれば頼りにもします。

しかしね・・・・
断薬の時ももそうなんですが、何に効果があるかわからず、誰が助けてくれるかもわからない、
他人に頼ったり、弱音を吐いたところで、事態が進展しそうもないと考えた場合、自分で抱え込んでしまいます・・私の場合。
泣いたって、誰も助けてくれないよ、見苦しいよ、自分でやらなきゃ、って考え方なんですね。

昨日、カウンセリングを受けたのですが、普通の方は、辛かったり困ったりしたら、効果があるなし関係なく、もっと他人に頼ったり、泣き言を言ったりすりする、
あなたはちょっと自分で抱え込み過ぎだねって言われました。
そうなのかもしれません。

私が初めて精神科にかかった原因は仕事上のことでしたが、
端的に言えば、異動した職場でタスクを進めようとしても全く方向性がわからず、
誰にも頼れずに上司の責任も、自分でコントロールできないようなこともすべて自分で抱え込んでしまい、にっちもさっちも動けなくなったからだったように思います。

改善の方向性がわかれば、それに係わる人に頼るのですが、
何のアイデアもなく、「できません、助けてください」というのは、負けたと思って自分のプライドが許さなかったのでしょう。
結局はそこで体調を崩し、休職せざるを得なくなりました。

自己責任論を考え方の根底に置くことで、断薬できたのかもしれませんが、
そもそも精神薬を飲まなきゃいけない状況を作りだしたのは、この行き過ぎた自己責任論だったのかもしれません。

何事も、過ぎたるは、なお及ばざるがごとし。
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