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Self-searching
とあるコラムを読んでいて感じたこと。

古くからの友人が、非常に説教臭いのだという。
会話をしていると、常に教える側と教えられる側といった立場に分かれるという。
さも、「私の言うことを聞いていれば、解決に導けるのよ。私は正しいの」とばかりに、使い古された模範解答を得意げに繰り返すのだそうな。

まあ、正論かもしれないし、善意なのは間違いないのだが・・・
著者は、「コンサル病」と命名していた。

交通事故でむち打ちになって、普段から頭痛がしたり、眩暈がしたりで、生活に支障が出て辛いらしい。
その著者に向かって、「嘆いちゃダメ!、その状況が今のスタンダード、そういう身体のルールになったと思って、そのルールの中で頑張りなさい!」。

交通事故の加害者とのやり取りや、治療に心痛めている筆者に向かって、
あなたは生きているじゃない、それだけでも感謝して、精一杯今を頑張らなきゃダメ!

・・・・
耳が痛い・・・
私もこういう、説教臭い言い方をよくしている。
ブログでもこういうことを書いたり、コメントをくださった方に返信している。

求めているのは、正論をひけらかした模範解答だけか?
普通の人に同じ話をしたら、まず、「それは大変でしたね、今お辛くないですか?大丈夫?」
そういった話はなく、帰ってくるのは「正解を教えてやる」という言葉しかない・・

会話やコミュニケーションの基本は、質問、同調、共感、それから反論、主張がある。
異常な「コンサル病」と指摘されて、はっと気づいた。

泣き言よりも腹をくくれ
私はこういった表現を好んで使う。

もちろん、ベンゾジアゼピンという非常に離脱することが難しい薬を断薬するためには、
テクニックよりも何よりも、まず覚悟を決め、甘えを排除することが一番の近道だという気持ちに変わりはない。
そしてそれをこれから断薬する人に伝えることは、大切なことだとは思うんだけれど・・・

しかし、人に伝えるには、まず正論ではないのだな、
正論は正論だけに、時として人を追いつめます。
正論は正しいんだろうけれど、それをひけらかせて他人を説得するのは正しくないんだろう。

断薬のことはまだしも、他のことでもこういった説教臭い言い方になっているんだろうな・・・
反省しなくっちゃね。
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