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Infallibility
無謬性」という言葉をご存知でしょうか?

もとはキリスト教の聖書からきている言葉らしいのですが、
絶対的な正しさを求めること」「理論や判断にまちがいがないこと」という意味で使います。

日本人はこの「無謬性」を求める傾向が強いみたいですね。
特に公共サービスにおいて、電車は時間通りに到着して当たり前、携帯の電波は途切れないことが当たり前、停電したとしてもすぐに復旧して当たり前・・・

先日、家のネットでトラブルが起きて、調べてみたらプロバイダの不具合で、長時間復旧しないことに文句を言いましたが(Agrypnia)、私も「正常な状態を定義して、その状態を維持すること」を当然のことと思っている節があります。

皆さんの「関西人」のイメージはどうなんでしょう?
「まあ、ええやんか」といっていい加減な、モラルの低い厚かましいやつというイメージもあるんじゃないでしょうかね。

ところがこの「無謬性」に関しては、関東人よりも要求が強いように感じます。
そう・・・文句言いなんですよ(^^;
自分が当然得られる権利が阻害されると、烈火のごとく抗議するのが関西人です。
「なんで、電車がけーへんねん!!」・・まあ、5分も遅れたら、駅員にこう文句を言う輩が出てまいります。

話がずれましたが・・・
いずれにしろ、日本人は無謬性を求める傾向が強い、
そして私は、それに輪をかけて、求めているような気がします。

モラルを守るとか、マナーが悪い人に腹が立つと言えば聞こえがいいのですが、許し合うゆとりがないようにも思えます。
また、精神疾患においての服薬についても無謬性を求めていた自分がいます。

依存症を引き起こすような精神薬を処方する医師は間違えている、そういった有害な精神薬を断薬することは絶対的に正しいことである。
根拠がはっきりしない診断をして、安易に精神薬を処方する精神科医を許しましょうというつもりは全くありませんが、
医療は間違うはずがないと勘違いしていましたし、絶対に間違ってはいけないという「無謬性」を求めていましたから、行動が随分と制限されていた気もします。

これまでやってきた行為や、判断に対して後悔することはないけれど、行動原理に無謬性を求めすぎると、前に進めない気もするんですよね。

医療に無謬性を求めるなんて勘違いにもほどがある、
まあ、不完全なやつらのすることだから、しゃーないな、というゆとりから、次のアクションへと繋がらないかななんてことを考えていました。
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