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正義の味方
認知行動療法」という精神療法があります。

私の認識では、
  ある客観的な出来事に対して、
  当人は主観があるので、誤った認知をする場合がある
  その認知をより良い方向に修正する(感じ方を変える)ことによって、
  ストレスに上手に対応できる精神状態を作っていく

というものではないかと思います(あまり細かい揚げ足は無しで・・考え方は間違っていないと思います)。

具体的な例で言えば、
  仕事で失敗して上司にこっぴどく叱られた
  私は上司に嫌われているのだ、能力がないのだと、落ち込み自信喪失した
  しかし認知(考え方)を変え、上司は私に期待するから叱ってくれたんだ、
      難しい仕事だったのに、9割がたできていたんだから自信を持っていい
  そう考えたら、気持ちが楽になった

こういうものでしょうか?

しかし、私は思うのですよ。
前向きに捉えて、自分の考え方、行動を変えるのは良い。
しかしね、たいていの場合は、「客観視しても理不尽な出来事が起こって、それを認知するからストレスがかかる」んじゃないかなって。

これも具体的に言いますと、「いじめ」なんかの場合どうなるでしょうか?
客観的に見ても、相手は「敵意を持って当人をディスろうとしている」というのが客観的事実です。
こんな例は腐るほどあると思いますが、そんな場合にも当人は、敢えて「これを耐えることにより私は成長できるんだ」なーんて、前向きに認知を変える必要があるんでしょうか?

疑問だったんですが、今日、ある人と会話するうえで、自分なりに腑に落ちる考えがありました。
何でも前向きに、困難に立ち向かうように認知を改めるのではなしに、逃げる事も含めて、自分の都合のいいように、最大目標が達成しやすいように認知(行動含む)を変えて取り組もうということ。

前々から気が付いてはいたんですが、私って異様に正義感が強いんですよ・・・
日常生活でも、行列に割り込もうとするマナーを知らないDQNに対して、歩道を我が物顔で爆走する子供を乗せたオバチャン自転車に対して・・
理不尽に対して、見ているだけでイライラして、ひとことモノ申して、つるし上げたくて仕方がない

自分は正しいことを言っているのだから、言い分を押し通す権利があるって、
その考え方も間違いじゃないんでしょうけれど、程度問題ですね。
じゃあ、「何がしたいの?」「それをすることによって、目的が達成できるの?」ってね。
目先の正義にばかり目を取られて、何のためにやっているのかわからなくなってる。

要は、物わかりの悪い客観的に見ても間違っている対人に腹を立てるんじゃなく、「こんなやつ相手をしてもムダだ」と考え方を変え、表面だけ頭を下げるといった行動を変え、目的を達成する方が自分のためになるだろうということ。
現在なら、復職・社会復帰することが目標なんだから、たとえ理不尽な言いがかりをつけてくる者がいたとしても、軽くあしらえばいいということですね。

私がこういった正義感を持つ原因の一つは、やはり断薬だと思うのです。
「客観的に見て」かどうかはわかりませんが、精神科医の指示で長期間ベンゾジアゼピンを服用し、その結果、理不尽な辛さ・苦しみを味わっている。

私は正義、精神科医は悪、間違ったことをして私に不利益を与えた。
最近はこの怒りはマシになりましたが、何とか糾弾したい、一生許さない、つるし上げたい、そんなことばかり考えていましたね。

けどそうしてどうなるの?
まず第一の目標は、健康になることでしょう?
精神科医をつるし上げることによって、目標につながるなら、いくらでも声を荒げればいいと思いますが、
そうやって世間の常識と言われることと戦って、疲弊するだけでなんの利益もないんじゃないのか?
だったら表面上、頭を下げても、上手いこと利用した方がよっぽどマシ。

イライラをなくすために、正義にとらわれ過ぎず、先の目標を見据えた認知、行動ができるようになろう。
性格にも係るので難しいことかもしれませんが、ちょっと意識してみたいと思います。
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Comment 2

Otsay

多くのことに共感します。

医療に関しては、以前よりはおさまってきましたが、やはり許せない感情はあります。精神科はもちろん、他科も同じようなものだと、昨年、一通り検査してもらう過程で気づきました。

今は医療に関しては近づかないということで対処しています。夏に採血をしたらエラー項目が、ほとんど消えていましたので、年1回の健康診断くらいしか関わらないようにしたい。治るなら、通いたいのですが、治らないですし。

>要は、物わかりの悪い客観的に見ても間違っている対人に腹を立てるんじゃなく、「こんなやつ相手をしてもムダだ」と考え方を変え、表面だけ頭を下げるといった行動を変え、目的を達成する方が自分のためになるだろうということ。

ほんとこれですね。これ大事です。私の場合は、人を避けることによって、これすらしなくてもいい方向で対処してる感じです。CaliforniaRocketさんのブログには縁あって、毎日のように、来てますが、ネットでも、リアル生活でも、家族以外とは、人付き合いがないといってもいいくらいです。スポーツクラブで、話しかけられたとき、ほんのちょっと世間話をするくらいです。

こんなことができるのも、無職だからであって、就職すれば、どんな簡単な作業であっても、大きなストレスがかかると思います。

徐々に人に対する怒りから(医療など)、人に対する絶望に(期待することが無理だと)変わってきています。いずれ、達観して、家畜をみるように眺めれるのかもしれませんが、今、現在は、私自身が家畜なので(自分を家畜やなあと感じることがあります)、達観には遠いです。


2014/12/17(Wed) 06:46

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CaliforniaRocket

Re: タイトルなし

> Otsay さん

こんにちは。

これを書きながら、Otsayさんのことも意識しました。
Otsayさんも正義感が強くて、生きづらいのだろうなって。

頭では分かっていても、要領よく立ち回れない、なかなか考え方を変えられない。
必要がなければ変えることもないのでしょうが、変えたら自分のためにもなるし、成果だって出るだろうし、
敢えて損をするような思考から抜け出せないなんて・・頭が悪いんでしょうかね・・・

私はまた、敢えてこのストレスフルな世界に舞い戻ろうともがいています。
慣れてくるだろうという安易な考えもありますし、耐えられないかもしれない。
ここで戻ろうとするのも、社会との関わりをなくして新たな生き方を探すというのも、どちらもアリだと思います。
そして、許されるならば、すぐに回答を出す必要もないのだと思います。

個人的な話ですが、少し症状が収まって楽になったら、「怒り」と言う感情が減ったようにも思います。
どちらが先か、相乗的なものかわかりませんが。
もっと体調が良くなったら、怒りの感情が消えて、ストレスはほとんど感じなくなるんじゃないかって、そんな期待もしています。

Otsayさんも体調は上向きのようですし、まだまだそうなることだってあるんじゃないですか。
まだまだ未来の可能性は、広がっているんだと信じたいです。

2014/12/17(Wed) 22:17

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