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弱者のやっかみかな?
前回の「安楽死」もそうですが、昼間に時間があるとTVのワイドショーばかり見てしまい、その話題が気になったりします。
前のように毎日でもスポーツジムに行った方が良いことはわかっているんですが・・

この二日で気になった話題は、一つが、「競泳富田、本当は盗んでいない会見」。
まあこれは本当に冤罪なら、一人の人生がかかっていますから、見直さなければいけないですが。
しかし、苦し紛れのいいわけだったとしたら、また韓国から「日本人は信用ならん」という感情悪化になるんでしょうね。
一人の人生だけではなく、国家間の関係にも影響を及ぼしそうなので、少々心配です。

もう一つは、「ノーベル賞の中村教授、日亜化学側に仲直りを持ちかけるが袖にされる」事件。
当時の両者の裁判、私もまだバリバリの研究者として働いていた時ですから、興味を持ってみてましたよ。

中村教授は、裁判に勝って企業、すなわち経営者側から発明対価をぶんどったわけですから、労働者のヒーローとも言えるわけです。
ところがネットなどでの反応を見ると・・中村教授、すこぶる人気ないですね・・・(気のせい?)
やれ「ごうつくばり」であるとか、「自分のことしか考えていない」であるとか・・
ノーベル賞受賞者で、あそこまでバッシングを受けている人は、初めて見ました。

日本の就労形態とメンタリティが関係しているのでしょうが、
日本の場合、「雇ってもらっている」という意識が強いです。
そのため、弱い立場になってしまい理不尽な命令にも従わざるを得ない、ブラック企業のような問題もおきているわけですが。
権利を抑えられている一方、終身雇用で雇ってもらう、私のように病気で休職していてもなんとか身分維持してもらえているといった面も、これまでにはあったように思います。

私も含め、サラリーマン研究者になろうと思った人間は、もちろん大発明もしたいですが、補償も求めて就職している者が多いんじゃないでしょうか。
自分でリスクを負ってまで、博打を打ちたくないから勤め人になる。
研究失敗しても食いっぱぐれる心配はないですし、借金をしてまでやるつもりもない。

そういったことから、当時私も労働者であるにもかかわらず、個人的には中村教授の要求は行き過ぎだと感じました。
もちろん、発明報酬は欲しいですけれどね・・
だったら労使関係ではなく、給料なんかもらわずに成功報酬の共同研究契約でもすりゃあいいじゃんと。

今の若者はどういう意識なんでしょうね?
一攫千金を成し遂げた中村教授を目指したいと思うのか、これまで通りの企業内での労使関係が良いのか。
現在のアベノミクス政策だと、自己主張する人材が増えてくれた方が良いということなのでしょうが。

考えの古い、昭和のオッサンの戯言だといわれるかもしれませんが、
発明なんて一人の力で成し遂げられることなんてほとんどなく、下積みの再現実験をやってくれる人、書類を書いてくれる人、いろんな人がいて初めて成し遂げられるのです。
中村教授の発明貢献度が8億円で、一緒に研究していた社員の貢献度が何万円なんてことはありえません。

中村教授には悪いですが、日亜の対応は私も妥当なものだと感じました。
裁判の表面しか見ていないですので、疑ってかかるような見方なのかもしれません。
しかしリスクを負いたがらず、権利を自己主張するだけの人が増えてきているような気がして、どうも暮らしにくくなっているような・・・
そういう声の大きな人だけがヒーローになって、下積みの人が報われない、そんな未来にはなってほしくないなと思いました。
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Comment 5

Otsay

同じ考えです。

ここ10年くらいで、格差をつける社会になりましたね。

全員で成果を分けあうことができないということは悲しいことです。

特定の組織だけでなく、国全体、世界全体、人全体にも、同じことを思います。

2014/11/07(Fri) 13:08

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CaliforniaRocket

Re: タイトルなし

> Otsay さん

こんにちは。
Otsayさんもブログに書かれていましたよね。

ただ自分で書いておいてなんですが・・・
人間って、やっぱり人より優位な状態でいたいのかなって、それが人間の本性じゃないかなって・・
そんな悲しいことも考えてしまいました。

ごり押しで権利を主張する人は論外ですけれど、行列に並ぶ行為だって、他人よりも優れた(早い)条件で扱われたいっていう、人間の欲望からくる行動なんじゃないかなって。
強者も弱者も関係なく、Otsayさんお言葉を借りたら、人間も家畜も、結局は人よりも楽にいい条件で生活したいって考えているのかな??なんて。

他人より少しでも楽でいたい人間が、全員で成果を分けあうなんて理想的なことができるようになるんでしょうかね・・・
なんか愚痴になってしまって、すみません。

2014/11/07(Fri) 20:56

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Mimzy

自分もサラリーマン時代に業績を認められて社長に表彰されたことがあり金一封を受け取りました。中身はたったの数万円でしたが。(^^;

ちょっと乱暴な考え方かもしれませんが、サラリーマンは現代の小作人で会社は地主にあたるのかなと思うことがあります。地主は小作人に労働環境を与えるだけで自分たちは汗水流すことなく儲けることができるので。

でも、やはり人間というのはもともと平等を求めていないのでしょうね。下克上みたいなものが自然に起こるのを見てもそう思います。この下克上のようなものを社会の枠組みの中で認めているかどうかなんでしょうかね、日本と外国の違いって。

とくに妻が外国人なので、この辺りの考え方がまったく日本人と違うと日常的に感じます。外国人からは日本人が持つ強い協調性はアダルトチルドレン(周囲からどう見られるかを気にしすぎる)と見られるようです。

2014/11/11(Tue) 02:59

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CaliforniaRocket

Re: タイトルなし

> Mimzy さん

こんにちは。

自己主張がいけないとは思っていないのです。
「平等」と言う考え方とは違うのですが、リスクを負った分だけ対価が得られるというのはその通りだと思うんですね。

全ての方かどうかはわかりませんが、外国の方は「自分がリスクを負ってやった」という意識があるからこそ、対価を求める、自己主張されるのではないでしょうか?
微妙なところではありますが、そこは小作人と地主であっても、関係は対等なんじゃないかと思います。

日本人と言うか、ここでいう主張しない人は、自分がリスクを負いたくない、けれども対価だけは欲しいからある程度は我慢する、ということ。
奥様がおっしゃられる、「協調性」=「アダルトチルドレン」とは、責任を負いたくないために黙っておくといった気質を言われているのではないでしょうか?

その点については私も全く同意見です。
ただここで書いているのは、得られた成果について、自分だけが貢献したと主張する人、
特に声が大きい人が、そういう主張をして認められる風潮は、いかがなものかな・・と考えた次第です。

まあ、そう主張する人にも言い分があるでしょうから、部外者が安易に非難するべきことではないのかもしれませんが・・・

2014/11/11(Tue) 14:30

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Mimzy

お国柄や性格でしょうから自分もどちらが良い(悪い)とは思いません。あくまで自分が日常的に(友人や家族として)外国人と接しての感想ですが、協調性とアダルトチルドレンに関しては説明しづらい部分があります。日本の学校では学級委員長や生徒会長のような「みんなのために頑張る人(調整役)」がいますが、海外ではあまり一般的ではないようです。逆に個人プレーというか「自分のために頑張りなさい」と教わるようです。

人を歯車に例えると日本人は周りの歯車がスムーズに回転するように自分がまわるのに対し、外国人は周りの歯車を使って自分がスムーズに回転しているように感じます。日本人のスタイルは協調性(One for all, All for one)そのものなのですが、周りに歯車がなくなってしまうと自分が何のために回っているのか分からなくなり自分を見失ってしまうこともあるので、それをアダルトチルドレンと考えるようです。中学校で人気者の生徒会長が高校に進学して居場所を失ったり、戦力外通告された野球のピーチャーが「明日から自分で自分のために生きろ」と言われて社会で居場所を見失うような感覚でしょうか。

また、外国人は「空気を読む」とか「行間を読む」ということも日本人ほどしません。周囲も空気を読んだり行間を読んでくれないので、必然的に自己主張をすることになります。もちろん空気を読むことが必要なこともありますが、あくまで自分のためにしていることで他人のためではありません。

これは自分も海外の学校で経験したことなのですが、例え自分の貢献度が1%であっても、それを主張するように教えられます。私にそれを教えてくれた大学の先生は幸運にも日本に6年間滞在した経験があり、日本人の国民性を例にとって授業をしてくれました。トピックが多文化主義で日本人の学生は私一人だったので、他の学生から質問攻めにあった記憶があります。中国人、ベトナム人、インド人の学生達も一様に日本人の謙遜(?)というものの考え方に驚いていたのでアジア人共通のものではないようです。(韓国人がいれば理解してもらえたかもしれません。)

中村教授のズバズバと言う物言いには「感じわるぅ~」と思う方が大半ではないかと思いますが、国際人としてはおそらく認められるのではないかと思います。リスクのあるなしに関わらず、主張をするタイプの人なのだと思います。ただ日本でそのように振る舞うことが正しいとは私も思いません。日本に住む外国人に対しても同じように思います。

2014/11/12(Wed) 20:06

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