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安楽死
ベタなお話になってしまうが、最近話題になっている、米国女性の安楽死の一件について思うところを。

その是非を巡って、議論もされているようですが、一人の大人が自分の命について熟考して出された結論に対して、良い悪いは他人が言うべきではないと思います。
(良く知りはしませんが、ネットで予告したことについては、議論の余地があるかもしれませんが・・)
それを踏まえて、私の感じるところは「やや肯定感」、そして「お疲れ様でした」でしょうか。

私もずいぶんと長く闘病していますし、その間で「このまま苦痛が続くのなら死んだ方がいいのじゃないか?」と考えたことが一度ならずあります。
特にベンゾジアゼピンを断薬してからの2年弱、苦しさ辛さのあまりに、人生が終わってもいいと思うことは何度もありました。
自殺を肯定するつもりはありませんが、それを選らばざるを得なかったメンタルについては、なんとなく肯定したい自分がいます。

ワイドショーからの受け売りになりますが、ご当人が安楽死を決意した一番大きな理由は、「目の前の最愛の夫の名前が思いだせなかった」からだと報じていました。
苦痛があるからではなく、自分自身を制御できない、できなくなってくる恐怖により決断されたのではないかと思います。

えてして、決断の源泉は「制御不能の恐怖」であるように思います。
私がベンゾジアゼピンを完全断薬できたのは、クスリをコントロールしていたつもりであったのに、実は制御できなくなっている自分に気づいたことで感じた恐怖からです。

依存があったとしても、なぜ苦痛を強いる断薬をするの?
効いている限り一生飲み続けた方が楽なんじゃないか?
そういう考え方も今となっては否定はしませんが、この後も自分の身体が制御できない、どんどん自分じゃない自分になっていく・・そういった未来を想像した時の恐怖・・・
制御できる可能性のある未来を目指そう」という思いが推進力でした。
もちろん断薬したからと言ってそうなる保証はありませんでしたが、飲み続けた場合には制御不能の未来しかない(と感じた)わけですから、選択肢はそれしかありませんでした。

「クスリを飲み続けても、今やめても、あなたの将来はもう制御不能だよ」
医者からそう断言されていたら、私も自死を選んだかもしれないですね。
「近い将来、あなたがあなたでなくなるんですよ」って宣言されたら、その恐怖に耐えられる自信はありません。

余命半年であるとか、苦痛がありますよだけだったら、この女性も安楽死を選ばなかった気がするのです・・・
脳腫瘍でいつ自分が制御できなくなるかわからない・・そしておそらく別の選択肢を選んでも変わりようがない。
彼女が精神の安静を得るために、これしか選択肢がないと決断しても、理解はできるかな・・なんて。

彼女の魂は救われたのかなあ・・
治すことではなく、心穏やかに生きるようにすることが、これから医療ができる最大の貢献じゃないでしょうか?
お疲れ様でした。
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