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被害者意識はそろそろ捨てるべきかな…
昨晩は寝汗で、夜中に2回目が覚めた。
朝も8時ごろ目が覚めたにも係わらず、辛くて10時過ぎまで起きられなかった…
おかしいな〜、運動もして疲れているし、サウナでいっぱい汗もかいたんだから、安定して寝られそうなものだけれど…

そこまで考えて、ふと気がついた。
俺って最近、症状と根拠ばかり探しているなあって。

ベンゾジアゼピンの断薬から1年以上が経過した。
辛い離脱症状があり、涙するような経験も味わった。
その時から考えると、確実に身体は楽になっている。
それでも、まだまだ体調には不満がある…

冒頭で書いたように、今の睡眠状態では、到底働くといった社会生活は送れない。
毎日、朝起きて会社に通勤することが可能であるとは思えない。

それに、満足に食事が取れていない。
今日も妻の作った、肉豆腐(厳密には肉は入っていなかったらしい…)の匂いに、「オェ!」っと吐き気がきた…
特異なものにだけ反応するのかもしれないが、これでは他人との付き合いがしにくいし、体力的にも問題がありそうだ。

しかし、満足いく状態ってなんだろうか?

今のこのやや不自由な状態が、私の標準なのかもしれない
いや1年も経ってあまり変わっていないのだから、これが一生の標準かもしれない
この状態で生きていくことを考えるべきなのかもしれない


諦めで言っているように思われるかもしれないが、そうではない。
確かに現時点では社会生活ができていないという不都合はあるが…

日々を送る上で、大きな苦痛はなくなっている。
趣味である野球やバンド、旅行だって、それほど制限なく活動できる。
食べるものも制限されたかもしれないが、美味しく感じるものは美味しく食べられる。
睡眠不足に陥って眩暈がして転倒し、生命の危険にさらされているわけではない。
食べられないからと言って、栄養失調になって、ガリガリに痩せ細るわけでもない。

それほど、生きて行く上で悲観しなければならないことか?
少しくらい辛い状態でも、平気なふりして生きていけば、それが日常になるのではないのか?


別に離脱症状を抱える患者じゃない、健常者だって、
毎日、神経痛に悩み、歩けない人だっている、
時には口内炎になって、物が食べられない時もある、
鼻づまりがあって、寝られないことだってあるだろう。
それらは、すべて「日常」で、その中で皆、普通に生活している。

被害者意識が強くて、あまりにも症状を気にしすぎなのではないだろうか。
寝汗で2回目が覚めるなら、それをデフォルトとして、生活設計すれば良い。
朝起きることが必須なら、少しずつ変えていけばいい。
食べるものが限られるとしても、食べられるものがない訳ではない。

現在、自分がおかれた状況を、悲観しすぎても前には進められない…
症状、根拠を意識することで改善に繋がるなら、価値があるが、
被害者意識にとりつかれて、怒りだけを増大させるなら、それは弱者が管を巻いているのと同じだ。

精神医療が、我々にしていることを肯定するつもりはサラサラないが。
前に進むためには、今の自分の状態をすべて受け入れ、被害者意識を捨て去ることが必要なのかもしれない。
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