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Growing old is mandatory. Growing up is optional.
年が明けてから、しばしば実家に帰っています。
年老いた老親の様子が心配というのもありますが、通院の付き添いなどの用事をほとんど兄弟に任せっきりになっており、
私も少しは分担しなくちゃという、贖罪というか義務的な感情が強いです。
何をするわけでもないのですが、少し話し相手になったり、一緒に食事をしたりしています。

とはいえ、このところ実家に帰ることでいつもストレスをためて帰ってきます。
母親はずいぶん足腰が弱ってきたみたいで、独りで動き回ると危なっかしい。
そのくせ私が行くと何かと世話を焼きたがり、危ないからやめてくれと言っても全く聞きません。
加えて話をしていても同じことの繰り返しで、それも愚痴ばかりです。

理屈で言っても人の話なんて聞かないですし、つい声を荒げてしまうことがあります。
自分の不寛容が悲しくなって、辛くなります。

父親は少しマシだったのですが、
昨日はスーパーの電子マネーをチャージしようとして(これだけでも90歳ならすごいのかもしれませんが・・・)、
お札が機械に受け付けられないと何度も跳ね返されて、後ろに行列を作ってしまいました。

確認してみると、入れようとしていた札が夏目漱石の千円札(旧札)!
これは使えないと教えたんですが、「そんなことはない、この前使えた!」と頑固で、いうことを聞きません。
歳を取ればやはり柔軟性がなくなるのでしょう、説明するのに喧嘩になりそうでした。

先日、医師で作家の久坂部羊さんがPRESIDENTオンラインに記事を投稿されていました。
デイケアに通う多くの高齢者が、これからいいことなんてなにもなく、早く死にたい、むしろ死ぬことをご褒美のように感じていると。

私自身、もうすでに「老い」の領域に入ってきているわけですから、気持ちはわからないでもないのですが、
「老い」ることは、悲しいこと、辛いことが多くなります。
痛み、物忘れ、痺れ、めまい、尿漏れ、不眠、食べられない・・・などなどの苦痛、誰しも程度の問題で体験することでしょう。
そういう苦痛が続くことで、うつ病のようになってしまいますので、「はやく死にたい・・・」になることもあるのでしょう。

こういう記事を見ていると、もっと優しくしなきゃいけないな、声を荒げずに話を聞いてやらなきゃと思うのですが。
何もいいことはない、苦しいばっかり、もうどうなってもいい、早く死んでしまいたい・・・
こんな話ばかり聞いていたら、聞かされるこちらのメンタルまでやられそうです。

いくら愚痴を言っても苦痛は軽減されない。
今の苦痛は現実として存在します。

断薬などの時もそうなのですが、無くそうとするのではなく、症状を受け入れることで呪縛から解放されるのでしょうが・・・
そんな話を老親にしてもわからないだろうしな・・・

病気は治る、でも老化は治らない・・・
そういった意識があるために、老いによる症状は死ぬことでしか解放されないと思うんでしょうね。

どうしたらいいんだろうな?
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