fc2ブログ
Pleasure in the job
全国高等学校野球選手権大会、いわゆる夏の甲子園が決勝を迎え、慶応高校の107年ぶりの優勝で幕を閉じましたね。

出身がかなり近くということもあって、幼少のころから甲子園には通い詰めておりました。
記憶が残っているところでは、1973年の江川フィーバーとか。
小学校低学年でしたが、当時は外野席は無料でしたし、友達同士でよく観に行きましたね。

これにしてももう半世紀前の出来事です。
夏の炎天下に実施するのは不適切だとか、丸刈りはもう時代遅れとか、様々な意見の出た今大会でしたが、
変えるところ、変えないところをしっかり見極めて、これからも伝統をつなげてもらいたいものです。

伝統といえば、炎天下の甲子園で名物の一つがかちわり氷!
巾着状のビニール袋の中に、粗めに砕いた氷を入れて、それをストローで飲むだけのものですが、これが非常にいい。

炎天下の甲子園の暑さは半端ではありません。
これだけ暑いと、甘味のついたアイスやジュースを飲んでも全く満足できず、氷を直接ガリガリ喰らうくらいでないとダメなんですね。
最近はビールの方が売れているのかもしれませんが、当時はすごい量のかちわり氷が売れていました。

私は10代のうちの数年間、甲子園で売り子のバイトをしていました。
TVなんかで見てご存じでしょうが、今、球場での売り子さんはほとんどが若い女性ですよね。
それでも当時は女性のバイトなんて一人もいませんでした。
まあ、考えたらむさくるしいおっさんが売るよりも、女性から買いたいと思いますよね。
販売店の経営者もそれに気づいたのでしょう、当然です。

それはともかく、当時は男性のバイトでした。
甲子園の通路階段は60段以上あったかと思いますが、それを一つ登って降りて、横に移動してまた登って降りて。
炎天下の中、朝から晩まで、10キロ以上ある売り荷を担いでこの繰り返しです。
かなりきつい肉体労働でした。
今、若い女性がやっていますが少しは軽くなっているんでしょうかね?頑張っていると思います。

さて、それでいくらバイト代がもらえるでしょうか?
今と昔は違うかもしれませんし、販売する物品で変わるのかもしれませんが、

私は当時、1個200円のアイスクリームを売っていました。
先ほど書いたかちわり氷を売りたかったのですが、大会期間15日間、全部バイトしなきゃダメと言われて断念しました。
で、アイスクリーム一個売れば、1割の20円が手に入るという、完全歩合制です。
一応、50個売れば、交通費として1000円が支給されるというインセンティブがありましたが、そこまで売れないと交通費も出ません。
今のビールの売り子にしても似たような契約だと思います。

正確には覚えていませんが、バイト代が5000円を超えたことはなかったんじゃないかな。
こんなきついバイトでこのバイト代ではやってられないと思いますが、何回も行ったのは野球が好きだったからでしょう。

定年退職して、現在仕事をリタイアした身ではありますが、
私の仕事の原点はここにあったんだなということを、高校野球を観ながら思い出しました。

収入ではなく、働くことにワクワクしたあの頃、
もうそんな気持ちになることはないのかなと思うと、少し寂しいですね。
スポンサーサイト



Comment 0

What's new?