今日は寒い一日になりました。
そして、あの日もとても寒い一日でした。
阪神大震災から四半世紀が経過しました。
私自身被災し、自宅が全壊、知人も多く亡くなったこともあり、
被害や悲しみを風化させないためにも、ブログを始めてからは毎年、思いを綴ってきました。
過去分はこちら → 2013年、2014年、2015年、2016年、2017年、2018年、2019年
理不尽な暴力によって、平和な生活に思いがけない歪が生じることは多々あります。
その中でも、自然災害による被害は、憎しみをぶつける対象がないという点が特徴です。
大切な家族や財産を失っても、誰を恨むこともできません、悲しむしかないのです。
ただ、こういう言い方をすると誤解を生むかもしれませんが、だからこそ前を向けるのではないかと思うのです。
人間は無力であり、悲しいけれども諦めることで救われる、救われてはじめて、次のスタートが切れる。
怒りの対象がいつまでも目の前にあったら、恨みを晴らすことばかりにパワーが割かれて、なかなか前を向けません。
例えば犯罪や戦争などといった、加害対象の人や国家がいる場合には、その対象を恨むことができるので一時的にはパワーが出るでしょう。
でも、常に恨みを晴らすという意識がプライオリティにあったら、先に進もうとするときに弊害にならないでしょうか?
恨みや憎しみを常に意識して生活を続けていると、それが習慣になり、そのトリガーでしか行動できないことにならないでしょうか?
ベンゾジアゼピンの断薬の時がそうであったように思います。
憎しみの対象を「精神科医」や「精神医療」におき、何とか仕返ししたい、恨みを晴らしたい。
断薬直後は、怒りが役立ったこともあります。
ひどい症状が出ても、「恨みを晴らすまで負けるもんか!」と歯を食いしばり、我慢することができました。
けれども、断薬から時間が経過し、本格的に社会復帰という段になって気が付きました。
本当に恨む相手、対象があるのだとしたら、そいつを自分の人生にかかわりを持たせないようにすることが一番だと。
だとしたら、これまで苦しんできた過去は捨て去り、いつまでも意識しているよりも、それを敢えて意識しないことが本当の卒業だと。
恨むことにパワーを使うのではなく、前向きに進みだすためにパワーを使いたい。
そこから私の復興は始まったように思います。
自然災害で、大きな心の傷を負った人、大切な人を失った人、
その人たちが、悲しい出来事を忘れることができるとは思っていません。
もちろん忘れてもいけない。
でも、道半ばで亡くなられた方々のことを思えば、忘れるのではなくそれを乗り越えて、我々は前に進まなければならないんじゃないか?
怒りや悲しみのエネルギーは、いつまでも加害対象ではなく、前に進むパワーに変えなきゃならないんじゃないか?
そのためには、悲しみは胸にしまいつつ、前を向けるように。
神戸に住む多くの方々はそうやって、他人には辛さを見せずに、ここまで復興してきました。
被災した人たちは悲しみを忘れたわけではないし、失ったものの大切さを今でも覚えています。
でも、思い切り悲しむのは、一年で今日という日だけにしたいと思います。
そして、あの日もとても寒い一日でした。
阪神大震災から四半世紀が経過しました。
私自身被災し、自宅が全壊、知人も多く亡くなったこともあり、
被害や悲しみを風化させないためにも、ブログを始めてからは毎年、思いを綴ってきました。
過去分はこちら → 2013年、2014年、2015年、2016年、2017年、2018年、2019年
理不尽な暴力によって、平和な生活に思いがけない歪が生じることは多々あります。
その中でも、自然災害による被害は、憎しみをぶつける対象がないという点が特徴です。
大切な家族や財産を失っても、誰を恨むこともできません、悲しむしかないのです。
ただ、こういう言い方をすると誤解を生むかもしれませんが、だからこそ前を向けるのではないかと思うのです。
人間は無力であり、悲しいけれども諦めることで救われる、救われてはじめて、次のスタートが切れる。
怒りの対象がいつまでも目の前にあったら、恨みを晴らすことばかりにパワーが割かれて、なかなか前を向けません。
例えば犯罪や戦争などといった、加害対象の人や国家がいる場合には、その対象を恨むことができるので一時的にはパワーが出るでしょう。
でも、常に恨みを晴らすという意識がプライオリティにあったら、先に進もうとするときに弊害にならないでしょうか?
恨みや憎しみを常に意識して生活を続けていると、それが習慣になり、そのトリガーでしか行動できないことにならないでしょうか?
ベンゾジアゼピンの断薬の時がそうであったように思います。
憎しみの対象を「精神科医」や「精神医療」におき、何とか仕返ししたい、恨みを晴らしたい。
断薬直後は、怒りが役立ったこともあります。
ひどい症状が出ても、「恨みを晴らすまで負けるもんか!」と歯を食いしばり、我慢することができました。
けれども、断薬から時間が経過し、本格的に社会復帰という段になって気が付きました。
本当に恨む相手、対象があるのだとしたら、そいつを自分の人生にかかわりを持たせないようにすることが一番だと。
だとしたら、これまで苦しんできた過去は捨て去り、いつまでも意識しているよりも、それを敢えて意識しないことが本当の卒業だと。
恨むことにパワーを使うのではなく、前向きに進みだすためにパワーを使いたい。
そこから私の復興は始まったように思います。
自然災害で、大きな心の傷を負った人、大切な人を失った人、
その人たちが、悲しい出来事を忘れることができるとは思っていません。
もちろん忘れてもいけない。
でも、道半ばで亡くなられた方々のことを思えば、忘れるのではなくそれを乗り越えて、我々は前に進まなければならないんじゃないか?
怒りや悲しみのエネルギーは、いつまでも加害対象ではなく、前に進むパワーに変えなきゃならないんじゃないか?
そのためには、悲しみは胸にしまいつつ、前を向けるように。
神戸に住む多くの方々はそうやって、他人には辛さを見せずに、ここまで復興してきました。
被災した人たちは悲しみを忘れたわけではないし、失ったものの大切さを今でも覚えています。
でも、思い切り悲しむのは、一年で今日という日だけにしたいと思います。
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Comment 2
ブルーウェーブ
クスリやめてから頑張っています。毎日耐えていますが、糸が切れそうです。久々に涙がうっすらと出てきました。もうダメだ、もう限界だ、は何回目かわかりません。
これ、みんなも同じなんでしょうか。みんなどうやって乗り切っているのか知りたいです。
2020/01/19(Sun) 22:21
CaliforniaRocket
Re: タイトルなし
> ブルーウェーブさん
はじめまして。
お辛いですね、お察しします。
断薬されてからどれくらいの期間が経過しているのでしょうか?
断薬から7年すぎた今だから、なんでもないように書いていますが、毎日のように涙を流してきたのは、あなただけではなく、私も、そしておそらく断薬されてきた皆が通ってきた道です。
もう死んだ方が良いと思ったことも一度や二度ではありません。
そんな状態からも、今の私くらいには回復できる、将来良くなると信じられたら、我慢ができませんか?
どうやって乗り切ったかというと、人それぞれ、症状を抑える手段として、鍼灸やマッサージに頼ったり、温泉に入ったりと、色々と工夫していると思いますが、
手段よりも、将来に対して希望を持つという事が、根本的に重要な事だと思います。
将来に不安を抱える人に、勇気を与えられるように、
殆どその目的だけで、私はブログを続けています。
ここで書くよりも、初期のブログを読んでいただいた方が、どう乗り切ったかはわかっていただけるかもしれません。
今のお辛い症状を治す方法を、私はアドバイスしてあげられません。
ただ、希望を持ち続けることで、将来が開けることは伝えられます。
どうぞ無理なさらずに、お大事にしてくださいね。
2020/01/19(Sun) 23:29