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Psychogenic origin
最近は症状が治まり気味であることもあって、ブログの内容が深刻さの少ない、軽い内容になっています。
断薬完了から時間が経って日常が戻ってくるのは喜ばしい話で、その傾向は良いことなんでしょう。

ただ、たまに病気や離脱症状を振り返って、医療に対して考えを巡らせることがあります。
そしてそのきっかけはネットのコラムだったりして、ブログでもよく紹介させてもらっています。
今回もその習いに従って、2か月ほど前に読んだコラムから、感じたことを少々。

様々な見方があることを承知の上で、「医療」とはなんなんでしょう?
表現の一つにすぎませんが、「ある肉体の器質的変化(病気)を原因として、いくつかの症状を伴う体調不良が生じた場合、その因果関係を明白にしたうえで、症状の軽減または器質的変化の解消を目的に治療を行うこと」というのはどうでしょうか?

まどろっこしい表現をしましたが、簡単に言えば、原因の不明な症状ば病気ではないとも言えます。
私も散々苦しんだことですが、不定愁訴といいますか、検査しても原因がわからない「頭痛」とか「眩暈」「不眠」なんてのは病名が付かないわけです。

まず初めに内科なんかを受診して、原因がわからないから病名が付かない、
そしてお決まりのセリフは、「精神的な(あるいはストレスの)不調ではないですか?」というもの。

なにもそれを勘違いとか、甘えとか言うつもりはなく、症状は確実に存在します。
そしてそれに救いの手を差し伸べるのが、「精神医療」というわけです。
少し語弊はあるかもしれませんが、検査で数値的な異常は見られない、どこに異常があるかよくわからないが、ストレスが過度にかかっており、症状も出ている、
そこで肉体ではなく精神の病気ですよとして病名をつけましょうというのが「精神医療」です。

脳の異常であるという仮説をもとに、投薬などの治療が施される。
私個人の意見としては、内容に矛盾と虚偽を感じるわけですが、疾患は人それぞれで命が助かる人もいるのでしょうから、そこを議論するつもりはありません。

ただ上で書いたように、「医療」というものが「因果関係」に基づいて診断して治療を行うものであるとしたら、「精神医療」での治療には限界があるわけです。
紹介したコラムでは、そのあたりの事情を総合内科医の視点から切り取っており、興味を感じました。

この先生は、医学的にまだ分からないことが山のように 残っている状況で、すべてを説明することは難しいと正直に書かれています。
私もそうでしたから気持ちはよくわかるのですが、辛い不定愁訴が続くと何を差し置いても助けてもらいたい。
だから医療に期待するし、過度の要求もしてしまいますが、それがかえって自身を苦しめることになります。

医療に限界があり、あなたの苦しみは諦めなさいと言われても、なかなか酷な話です。
私にしても、ある程度それに気が付いたのは、精神医療にどっぷりつかって、治らないと20年涙を流してやっとです。

このコラムで作者の医師はこう言っています。

  私は、『あなたの体の不具合の原因は○○だ』ということについてはっきりとは分かりません。
  ただ、『あなたの体の不具合の原因は○○ではない』ということと、あなたの体の不具合の原因が
 どんどんあなたの体を蝕んでいくようなことはない、ということははっきりと分かります。
  その上で『なぜこんなことになったのか?』という考え方から 『これからどうしていけば
 もっと楽になるのか?』という考え方に切り替えていきませんか?
  そして、その手伝いを内科医としてさせてください


こういった誠実で正直な医師の方に出会えていたら、私の20年間はもっと変わったものになっていたかもしれません。
そして患者の涙を流した訴えに無力を感じてこう答えられる医師がいる限り、医療もまだまだ捨てたものではないと感じるのです。
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