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My back to the wall.
社会に衝撃を与えた、川崎での無差別殺傷事件から二月近く経過しました。
当時、さまざまな問題提起がされたように思いましたが、マスコミの報道も減り、あたかも忘れ去られたように感じます。

加えて私が衝撃を受けたのは、元農水事務次官が犯人と同じ「ひきこもり」という境遇の息子を殺害した事件でした。
事情を知らない以上、安易に批評するべきではないと思いますが、「同じ過ちを犯すのでは」と危惧して不安からの悲劇だと認識しています。

別の「ひきこもり」当事者に対するインタビューですが、「自分も制御ができなくなって、同様の犯罪を犯すのではないか」と不安に感じる方が多いということが問題提起されていました。
理性が働いている時には、無差別で他人に危害を与えるなんて想像もできないですが、分別がわからなくなるくらい自分が変わってしまうんじゃないか、そういう恐怖を感じているということです。

私達のようなメンタル疾患患者(特に回復期に多いように思いますが)でも同様なことがあり、しばしば「予期不安」と称されます。
調子を崩しそうになると、過去の一番悪かった時のことを思い出して、もっと悪化するのではないかと不安になって、どんどん調子が悪くなる。
以前にブログでも書いたことがありましたが、予期不安は脳の誤作動を引き起こし、自分では制御できない不調につながります。
パニック障害なんかは典型的な例でしょう。

また、こういう病気では、知り合いになった身近な方が自死されるという訃報に接することが少なくありません。
今ではあまり思わなくなりましたが、「もしかしたら自分もわけがわからなくなって自殺するんじゃないか?」、そんな不安だってなくなりません。

我々や「ひきこもり」という、ある種の「痛み」を知ってしまった人間は、自分が制御できない恐れがあると感じており、絶えずその不安と闘っていかなきゃいけません。
私だってずいぶんと体調が回復したとはいえ、いつまでも安泰なんて補償はありませんし、そういった恐怖は持っています。

このような恐怖や不安に対しては、クスリは無力です。
むしろクスリを飲むことによって事態は悪化します。
クスリがなくなって症状が悪化した場合、クスリがなくなることが恐怖になり、それが依存症のメカニズムです。

我々は生きている限り、不安と闘っていかなきゃいけない、
精神論を否定される方も多いですが、だからこそ強い意志をもつ必要があると感じています。

ちゃんと勉強したわけではないので聞きかじりですが、神経症治療の大家で森田療法を提唱された森田正馬先生の語録の中に「背水の陣」という言葉があるそうです。
言葉の意味は周知でしょうが、「退路を断って一歩も引けなくして、決死の覚悟で物事に取り組むこと」を言います。

森田先生は、神経(恐怖)症は逃げられない、治らないと覚悟して症状を受け入れることではじめて治ると仰っています。
私はその考え方は正しいと思います。

断薬にしても逃げ道を探しているうちはなかなか完遂できません。
離脱症状が不安になって動けなくなることが多いのですが、むしろ症状はあるものと受け入れて初めて達成したという方が多いように思います。
もちろん、どんなやり方だって、最後までやり通せたらそれが正解ですけれど。

症状をやせ我慢するとか、苦行をするということを推奨しているのではなく、
どんなに拒んでも症状や危険性はなくならない、でもなくならない前提でそれと折り合いながら、どうやって精一杯生きていくかという覚悟が重要だと思うのです。

冒頭に書いたような悲しい事件、そしてそれに対する当事者、世間の反応、
そういったものを目にするたびに、自分の心の持ちようを再確認する機会にしたいと考えています。
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