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Life with hardship
季節性の不調について、ブログでよく書いています。

これは毎年同じ時期、具体的に言えば10月から11月に体調を大きく崩して、不調が継続することが数年続いていたからです。
その症状は「背中や頸が痛い、疼く」といった身体的な症状はもちろん、「納期に追われて頭がいっぱいになる、辛い」といった精神症状も含んでいました。
ほぼ同じ時期だし、おそらく季節の変わり目で自律神経が不安定になることが原因だと思います。

しかし今年はこの時期になっても、ブログを読み返すまで忘れていました。
断薬からの回復というのは、遅々として進まないものなので、その改善状況を実感することは難しいものなのですが、
文章記録でしか気づきませんが、これだけ差異があれば、回復しているんだなと喜んでもいいんでしょう。

何が原因か?
地元に帰ったとか、仕事内容が変わったという変化ももちろんありましたが、
そんな即物的な変化で急激に良くなったとは考えにくく、ありきたりですがやはり、それだけの月日と自身の治癒力によるものだと思います。

優等生を気取るわけではないのですが、こういった症状を抱えてから、仏教の教えであるとか講和というものに耳を傾けることが増えました。
最近、Diamond Onlineで「「お寺の掲示板」の深~いお言葉」という記事が連載されており、いつも共感して読んでいます。

その10月27日の記事でこうあります。

  難が無ければ無難な人生  難が有れば苦難の人生  難有ればこそ有り難し

私の40歳を超えてからの人生は、間違いなく「難のある人生」だったように思います。
無難な人生が良いというのを否定はしませんが、そんな人生はありえないでしょう。
難があっても試練を乗り越えることを喜びや目標に変えられたらそれが幸せなんだと思います。

心配性になっていますので、また体調を崩すといったことに対して不安はありますが、
今現在、幸福と充実感を感じています。

先のことは誰にもわかりませんし、心配しても仕方がない。
先の連載の10月22日の記事に、こういう記載もありました。

  あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることで す。
  それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後 関係を断ち放たれて、
  その時、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事 に一言で言い表しています。
  すなわち、「これでいいのだ」と。

これはタモリさんが、赤塚不二夫さんの葬儀の時に読んだ、有名な弔辞です。
過去も未来もない、現在の状況をあるがままに受け止めましょうということが、「これでいいのだ」ということです。

過去に悪かった、今は良かったと比較して実感することは簡単ではありません。
逆もしかり。

回復したから言うのではなく、まだ難が残っていても、今はできることを精一杯やれている実感があります。
ずっと安定なんてなく、これからも難はやってくるでしょうが、過去の苦難も含めて、「これでよかったのだ」と言えるように、記録を残したいと思います。
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