My possession
このところ理不尽な事件が多いような気がします。

新幹線での無差別殺人、浜松の看護師連れ去り殺人、そして「ゆるして」と書き残して亡くなった目黒の虐待死事件・・・
正義の味方を気取るつもりはありませんが、こういった理不尽がまかり通るなら安心して住める世の中ではないな、なんて感じます。

前の二つは論外で、まあそれほど頻繁に起こるものではないと信じたいですが、
虐待に関しては、表面に出るか出ないかだけで、結構な件数が潜在していると指摘されています。

「虐待」というのは「子供は親の所有物、管理物である」と考えている価値観に関連している、という評論を見たことがあります。

無理心中で子供を道連れというケースでは、もちろん親は責められますが、子供を残すのは可哀想だと世間から幾分同情される傾向があるように思います。
でも親のやったことは理不尽な殺人であり、虐待による死と同等です。
これも子供が親に属している意識が過剰に働いて起こる悲劇です。

表面上は違う、そんなつもりはないと、言うでしょうが、
親の事情で子供を殺したり、躾と称して虐待するのは、子供が別の人格であるということを受け入れられず、自分に属しているという思いがあるからだと思います。
自分の思いが、子供の思いと同じであるとしか思えなくなる。

というのも私もそういうところがあるのです。
私は子供はいないんですけれど、身近な関係の家族や友人に対しては、かなり厳しい評価をします。
他人がどんなことをしても知らんぷりなんですけれどね、妻なんかにはいつも偉そうに説教します。
よくよく考えてみたら、自分の思う通りになっていないことに対する八つ当たりです。
しかも近しい人間は自分の思う通りになるべきだ=自分の所有物だと思っていると言われても反論できません・・・

先の虐待の事件を「酷い」と責めている人でも、子供は所有物と感じている人も多いんじゃないでしょうか。
そこまでいかずとも、「子供は親の面倒を見るべき」「近くに住むのが親孝行」という価値観は日本では一般的ですし、それを強要する親は子供を別人格とは認めていないわけですから、程度が過ぎれば虐待に繋がってしまうように思います。

子供のことを考えている、大事に思っているということは本当のことでしょう。
でも自分の思い通りにいかないと、それに腹を立てるというのは身勝手なことだなと、理不尽な犯罪を立て続けに見て、そういうことを考えました。

こういった理不尽事件は、思う通りにならないことを思い通りにしよう、無関係な他人にぶつけようといった自分本位な考え方です。
そういった自分本位に考える癖が、メンタルを病み、辛いことは薬で癒そうとしてきた自分になかったのかどうか、
理不尽犯罪を責めるだけではなく、他山の石としたいなと思います。
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