Law of diminishing marginal utility
気分が乗りません・・・・
仕事を休むほどのことはないのですけれど、なんだかモヤモヤするのです。

倦怠感が酷くて、背中が張っているように重くて、やる気が起きません。もう動きたくない。
以前にもあったいつもの症状なのかもしれませんが、体調が悪くなるたびに、もうやめた方がいいかななんて落ち込んでしまいます。

症状の比較論ってのが、どれだけ意味がないかってことを感じさせられます。
どう考えても、数年前の離脱症状に比べて軽くなっているし、楽になっている。
だからって、「今が幸せだ~、さあ、頑張ろう!!」ってならないのが難しいところです。

断薬直後の離脱症状が酷い時って、確かに辛かったですけれど、
「これから症状が軽くなって楽になる!」っていう、漠然とした希望のようなものがあったから、絶望感はありませんでした。

復職直前のリハビリをしているときだって、いきなり制約ができて、ストレスでいろんな症状が出て、大変でしたが、
それでも、復職して社会復帰するんだというモチベーションがあったので、止めたいとは思いませんでした。

症状的には今が一番回復しているだろうけれど、症状固定のように安定してしまって、大きな改善を感じられず、
逆に少し悪化しただけで、もう前に進めなくなったように感じてしまう・・・
また、その制約の中で見つけられる目標というのを見失って、もしくは限界を感じて、気分が乗らないのかなと思います。

もうこうなりゃベンゾジアゼピンの離脱症状なんて関係なく、メンタルの問題でしょうかね。
まあクスリをやめたから全ての症状が治って、問題が解決する・・なんて甘いことがあるはずもなく、
気分や症状にも波がありますし、一度回復したらもう問題ないというわけではなく、目先の状態が気になってしまう。

限界効用逓減の法則」という経済学の法則があります。
詳しいことは知りませんが、「富が増えても、満足度が比例して増えるわけではなく、保有量が増加するに伴って満足度の増え方は減っていく」という法則です。
つまり、満足や幸せは慣れてしまうということ。

金持ちや名声を得たものが常に幸せかというと、
その人たちは現在の幸せを無くしたくない、奪われたくないというプレッシャーが常にあるため、幸福を感じないとききます。
もうこれでいいじゃないかとはならずに、常に走り続けるしかない。

逆の場合もあります。
スキーをしていて首の骨を骨折、下半身が不随になり、車いすの生活を余儀なくされている友人がいます。

彼は事故の直後は絶望し、もう人生も終わりのように思っていましたが、
回復するにつれ車いすでできることも増え、専用の車両で移動して仕事も続けることができるようになり、自信も回復して結婚もしました。
死んでもおかしくなかった事故から回復し、充実した生活を送れていることを幸福として、ポジティブに捉えられるようになったようです。

今の状態が、相対的に幸福なのか不幸なのかなんて、自分が感じることでしかないんですよね。
症状が辛いのか楽なのか、重いんか軽いのかだって一緒のこと。
それでもなお、前に進みたいと思うか、止まって休みたいと思うか。

「今が幸せだ!」と感じるためには、少し前よりも良く、充実しするように、常に努力していくしかないのかもしれません。
どうすればできるのか、よくわかりませんが、以前にできていたなら、これからもできるはずなので。
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