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がんばろう神戸&東北 2018/23rd
私はブログで節目のことを書くことが多いのですが、今日は一年で一番忘れてはいけない日です。

23年前の今日、寝る方向が少し変わっていただけで、私の命はありませんでした。
そこから23年、メンタル疾患で休職し、ベンゾジアゼピンの離脱症状で七転八倒しながら、それでも生きてこれました。

現在、神戸に帰省すると、直接震災を思い起こさせるような傷跡は見えなくなりました。
23年という長い期間をかけて、少しずつ立ち直ってきたわけですね。
もちろん見えないところでは家族を亡くされたり、全財産を失ったりした悲しみが隠れていたりするわけです。
今日という日は、普段は見えなくなっているけれど、心の中に仕舞い込んでいる悲しみにフィーチャリングして、永劫忘れないように心に刻むための日です。

こういった被災から立ち直ることと、ベンゾジアゼピンの離脱症状から社会復帰することはよく似ていると感じています。
毎年書いていることですが、復興も社会復帰も奇跡なんてありません。
そして他人主導では決して回復はなく、辛くても自分で気が付いて、自分の足で歩きださなければ始まらないのです。

2年前のブログに書いたことです。

世間では、震災により全滅に近かった神戸の街が復興したのは奇跡だと言われることがあります。
しかし今でも神戸に住んでいる友人は言っていました、そんな風に言われるのは心外だと。

  神戸が復興したのは奇跡なんかじゃない、
  それは住人、働いている方、神戸に関係するすべての人が努力したその結果である

当事者でない、周りのものは、どんなにわかると言っても本質のところでは辛さは理解できません。

私を含め断薬を達成した方と多く知り合いになりましたが、すべての方に言えることは、それが努力の結果でしかないということ。
また、断薬は継続することの方が難しく、現在でも努力を継続しているということ。
奇跡なんかではなく、努力を長年継続していたら、いつの間にかここまで復興していた・・・ただそれだけです。

震災で家族を亡くされた悲しみは一生消えるものではないでしょう。
日常の中でもそういった悲しみや辛さが襲ってきて、立ち止まってしまうこともあることでしょう。
でも、そういった悲しさ、辛さは無くならないとしても、それを抱えながらまた歩き出して、歩き続けて・・・そこから23年かかって。

周りのものは、23年前の神戸と、今の神戸しか知りません。
だから、奇跡だなんてことを安易に言います。

けれども当事者は、その苦しかった過程も全部知っています。
決して奇跡なんかじゃなく、努力の積み重ねだと。

疲れたら立ち止まってもいい、休んでもいい。
でも再度歩き出して、歩き続けたら、その先には(他人から見たら)過去と遜色のない復興した自分がきっとあります。

その時まで、今日という日はずっと忘れてはいけない。
ずっと記録に残し続けなければいけない。

今日は一年で一番忘れてはいけない日です。
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