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Adlerian
最近・・・たって、それほどキャッチーなものでもないですが・・・
「アドラー心理学」って話題になることが多くないですか?

ベストセラーになった「嫌われる勇気」は有名ですが、ダイヤモンド社から「アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉」という書籍も発刊されています。
これがDiamond Onlineで無料で連載公開されており、毎日楽しみに読んでいます。

自分の行動や考え方と照らし合わせながら、心理学の書籍なんか読むなんてことも好きなんです。
あまり詳しいわけではないんですが、少しだけ知っていることを知ったかぶりすると、
アドラー以前のフロイトなんかの考え方が「原因論」であるのに対して、彼の考え方は「目的論」であると言われます。

具体的な例を挙げると、乱暴者ですぐに暴力をふるう人物がいるとして、
フロイトの場合、「幼児期に虐待されたという原因があったから、彼は他人に暴力をふるう」と分析します。
アドラーの場合、「暴力をふるうことは彼が決断したことであり、その目的(暴力)を正当化するために、幼少期の虐待体験を持ち出す」と分析するわけです。

どちらが正しいというものではないでしょうが、アドラー心理学の方が厳しい考え方のようにも思えます。
結局、人間の行動は自分が自分の都合で決めているのであって、いくらでも変われるんだという自己責任論ですから。
それをしないのは、「勇気」が足りないだけ。
ただ、他人に押し付けるわけにはいきませんが、断薬の考え方を含めて、自分の考え方にも近いように思います。

いくつもうなずく記述があったのですが、その中から一つ紹介します。

  たとえ不治の病の床にあっても、
  天を恨み泣き暮らすか、
  周囲に感謝し余生を充実させるか、
  それは自分で決めることができる

いくら辛い離脱症状があっても、思う通りに仕事ができなくても、
ベンゾジアゼピンが悪いんだ、精神科医のせいだ」と、できない理由を挙げて諦めて暮らすのか、
やれることをやっていこうと、目的のために自分を変えていくのか?

難しいことだとは思います。
でも、こうありたいなとも思います。
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